大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

和歌山地方裁判所 昭和46年(ワ)209号 判決 1973年3月13日

原告 窪田タケコ

<ほか四名>

右原告五名訴訟代理人・弁護士 三木一徳

同 柴山正實

被告 丸公タクシー株式会社

右代表者・代表取締役 井上武二

右訴訟代理人・弁護士 尾埜善司

同 前田嘉道

同 平松耕吉

主文

被告は原告窪田タケコに対し金四三万五、二四九円および内金三六万五、二四九円に対する昭和四六年七月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被告は原告窪田泰雄に対し金四四万七、六二六円および内金三四万七、六二六円に対する昭和四六年七月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被告は原告大島慶子、同窪三千子および同淵上民子の各自に対しそれぞれ金三九万七、六二六円および内金三四万七、六二六円に対する昭和四六年七月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを八分し、その七を原告らの平等負担、その余を被告の負担とする。

この判決は第一項ないし第三項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、原告ら

1、被告は原告窪田タケコに対し金三七一万七、〇八四円および内金三四一万七、〇八四円に対する昭和四六年七月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2、被告は窪田泰雄に対し金二八五万八、五四二円および内金二六五万八、五四二円に対する昭和四六年七月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3、被告は原告大島慶子、同窪三千子および同淵上民子に対し各金二四〇万八、五四二円および内金二二〇万八、五四二円に対する昭和四六年七月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告

1、原告らの各請求をいずれも棄却する。

2、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一、原告ら

(請求の原因)

(一) 事故の発生

訴外窪田利治は、左記交通事故の発生により死亡した。

1、発生日時 昭和四五年一〇月二七日午後〇時五分頃

2、発生場所 和歌山市車坂西ノ丁二〇番地先市道上の交差点

3、加害車輛 普通乗用自動車(和五あ―六二三三、以下本件乗用車という。)

右運転者 訴外浦邦男(以下訴外浦という。)

4、被害車輛 原動機付自転車(和歌山市一―六〇、以下、原付自転車という。)

右運転者 訴外窪田利治(以下、訴外利治という。)

5、事故の態様 訴外窪田利治が原付自転車を運転し東方から右交差点に進入したところ、折柄訴外浦邦男が本件乗用車を運転し時速約五〇キロメートルで同交差点を南方から北方へ通過するべく直進してきて、その車輛前部を原付自転車に衝突させこれを転倒させた。

6、被害内容 訴外利治は、脳底骨折等の傷害を負い、同月二九日午前一〇時一六分頃同市屋形町三丁目六番地中村整形外科病院において死亡した。

(二) 過失

訴外浦は、南方から北進して本件交差点に進入したのであるが、同所は交通整理の行なわれていない左右の見通しのきかない交差点であり、南北道路の幅員が東西道路の幅員よりかなり狭くなっているのであるから、自動車運転者としては、右交差点に進入するに際しその手前で減速徐行あるいは一時停止すべき注意義務がある。ところが訴外浦は、交差点手前で減速も徐行もせず制限速度(時速四〇キロメートル)をこえる時速約五〇キロメートルの高速度のまま漫然進行したため、訴外利治の原付自転車を発見した瞬間急制動をかけるいとまもなくこれに衝突するに至ったものであるから、訴外浦には本件事故の発生につき過失がある。

(三) 責任

被告は、旅客運送を業とする会社であり、本件乗用車を所有しこれを右営業のため運行の用に供していたものである。また被告は訴外浦を従業員として雇傭し、右業務に従事させていたものであるところ、本件事故は訴外浦が被告の右業務の執行過程において惹起したものである。

すなわち、被告は、自賠法第三条の運行供用者として、また民法第七一五条の使用者として、本件事故により生じた損害を賠償すべき責任がある。

(四) 損害

1、訴外利治につき生じた損害(逸失利益)

訴外利治は、明治四〇年一月二六日生れの極めて健康な男子であり、本件事故当時まで三五年間にわたり和歌山市役所に勤務し、事故当時は同市水道局浄水課に勤務する地方公務員であった。

ところで、訴外利治は、死亡直前の一年間(昭和四四年一一月から昭和四五年一〇月までの間)に、和歌山市から給与等として金一五三万四、四六六円の支給を受けていたものである。この金額は、将来のベースアップや定期昇給等を考慮すれば、増額されることはあっても減額になることはあり得なかったものである。そして訴外人個人の一年間に要する生活費は三〇万円(一ヶ月二万五、〇〇〇円の割合)と考えられるから、右年間総収入から右生活費を控除すると、訴外人の年間純利益は、金一二三万四、四六六円とななる。

しかして、訴外利治は、死亡当時六三才であったから、厚生省大臣官房統計調査部編「第一二回生命表」によれば、平均余命は一三・一五年を有していたものであり、右平均余命の範囲内で少くとも今後六・五年間は就労可能であったものと推定される。

なお、和歌山市に勤務する地方公務員についてはいわゆる定年制は設けられておらず、現に訴外利治と同じ職場である和歌山市水道局には七〇才前後の職員が幾名か在職しているのであるから、訴外人が極めて健康体であり、かつ勤労意欲も充分であったことを考慮すれば、右推定就労可能年数の最後まで勤務に就くことができたであろうことは疑いがない。よって、訴外利治の就労可能期間中の逸失利益の一時払額は、年間純利益金一二三万四、四六六円に就労可能年数六・五年のホフマン係数五・八七四を乗じて計算すると、金七二五万一、二五三円となる。

2、原告らにつき生じた損害

(イ) 慰藉料

原告タケコは、訴外利治の妻、原告泰雄は訴外人の長男、同慶子はその長女、同三千子は二女、同民子は三女であるが、本件事故により原告タケコは最愛の夫を失い、その余の原告らはいずれも最愛の父を失ってしまい、甚大な精神的苦痛を蒙ったものである。原告らの右苦痛を慰藉するためには、原告五名に対しそれぞれ金一〇〇万円を下らない慰藉料が支払われて然るべきである。

(ロ) 弁護士費用

原告らは、被告が前記損害金の支払をしないので、昭和四六年六月二一日、弁護士三木一徳および同柴山正實に対し、本訴の提起と追行を委任し、原告泰雄において着手金として金四五万円を支払い、依頼の目的を達した際には、原告五名において、謝金として、前記請求額の一割弱を支払う旨約した。

(五) 相続関係

原告タケコは、訴外利治の妻であり、その余の原告ら四名は、いずれも訴外人の子として、それぞれ訴外人の権利を相続した。

したがって、原告タケコは、前項1、の訴外人の損害賠償債権のうち、その三分の一である金二四一万七、〇八四円を、その余の原告らは、それぞれその六分の一である金一二〇万八、五四二円の債権を相続により承継取得した。

(六) 原告らの取得した債権額

1、原告タケコにつき

(イ) 相続分 金二四一万七、〇八四円

(ロ) 慰藉料      金一〇〇万円

(ハ) 弁護士費用(謝金) 金三〇万円

合計金三七一万七、〇八四円

2、原告泰雄につき

(イ) 相続分  金一二〇万八、五四二円

(ロ) 慰藉料       金一〇〇万円

(ハ) 弁護士費用(着手金) 金四五万円

同(謝金)      金二〇万円

合計金二八五万八、五四二円

3、その余の原告三名

(イ) 相続分 各金一二〇万八、五四二円

(ロ) 慰藉料      各金一〇〇万円

(ハ) 弁護士費用(謝金)各金二〇万円

各合計金二四〇万八、五四二円

(七) よって、被告に対し、原告窪田タケコは、金三七一万七、〇八四円、同窪田泰雄は金二八五万八、五四二円、同大島慶子、同窪田三千子および同渕上民子は各金二四〇万八、五四二円および右各金員から弁護士費用(ただし謝金)を除いた残額に対する本訴状送達の日の翌日である昭和四六年七月一一日から各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(抗弁に対する答弁)

(一) 抗弁第一項について。

過失相殺の主張は、否認する。

本件事故は、被告会社の運転手である訴外浦の一方的な過失に基因するものであり、訴外利治には何らの過失も存しない。すなわち、訴外利治は、原付自転車を運転して本件交差点へ東方から進入したのであるが、その際交差点の手前で一たん停止したうえ(少くとも最徐行したうえ)、低速度で進行し、しかも訴外浦運転の乗用車よりも先に交差点へ進入してほぼ交差点中央部附近まで進出したところ、おくれて交差点へ進入してきた訴外浦の乗用車が衝突してきたものである。

本件事故は、訴外浦が制限速度を守り、交差点手前で減速徐行していれば完全に防止できたものであり、これを怠った訴外浦の過失に基因するものであることは、請求原因第二項に主張のとおりである。

(二) 抗弁第二項について。

逸失利益の算定に当り、税額等を控除すべしとの主張は争う。

最高裁判所をはじめ判例の大勢は非控除説に立つものと思われる。被告の主張は失当である。

(三) 抗弁第三項について。

原告が、本訴提起後に自賠責保険より被害者請求して保険金四七四万八、三七〇円を受領したことは認めるが、その余の被告支払金額について争う。

(四) 抗弁第四項について。

原告タケコが、訴外利治の死亡したことにより、和歌山市職員共済組合より、地方公務員等共済組合法に基づく遺族年金として、被告主張の金額を受給されることになったことは認める。しかし、右遺族年金については、その将来の分は勿論のこと既払の分についても原告タケコの相続した逸失利益より控除すべき理由は存しない。すなわち、

(イ) 損益相殺は、同一責任原因から生じた被害者自身の損失と利得との間の調整の問題であるところ、地方公務員等共済組合法に基づく遺族年金受給権と不法行為による逸失利益に関する損害賠償請求権とは、権利の主体および発生原因を全く異にするものであるから、遺族年金は逸失利益から損益相殺により控除すべき利得に該当しない。

(ロ) また、共済組合制度あるいは遺族年金制度の趣旨を見るに、それらは、前記共済組合法第一条の示す如く、地方公務員の病気・負傷・退職・死亡等の場合に適切な給付を行なうため、相互の救済を目的とする共済組合を設け、本人および遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的として設けられたものであることは明らかである。

しかして、本件遺族年金は、訴外利治が生前に前記和歌山市共済組合に加入し、長年にわたり掛金を支払ってきたことに対する対価として遺族に支給されるものであり、しかも訴外利治が健康で勤務し退職した場合にも支給される関係にあるものであり、それがたまたま交通事故により死亡したため支給時期が早められただけである。したがって、このような年金を逸失利益から控除することは、前記法の趣旨に著しく反し許されないものといわねばならない。

(ハ) 以上、いずれの見地からしても、本件遺族年金を原告タケコの逸失利益より控除すべき理由はない。

二、被告

(答弁)

(一) 請求原因第一項は、原告ら主張のような衝突事故の発生により訴外利治が死亡するに至った事実は認めるが、その余の事故発生に至る具体的経過および受傷内容は争う。

(二) 同上第二項の主張は、争う。

(三) 同上第三項は、被告の業務内容、本件乗用車の所有・運行供用の関係・訴外浦の雇傭関係および本件事故が訴外浦において被告の業務を執行する過程において惹起されたものであることは認めるが、その余の主張は争う。

(四) 同上第四項は、損害額を争う。

1、訴外利治の逸失利益の算定に当っては、後記のとおり税額を控除して年収を算出すべきであり、また訴外人の生活費については、訴外人の収入額の高さからして少くとも年収の四〇パーセントを見込むべきである。更に、訴外人の就労可能年数については、統計数値の六・五年を機械的に援用するのは相当でない。訴外人が原告ら主張のような高収を七〇才まで維持し得ると認むべき合理的根拠は存しない。

2、原告らの慰藉料請求額は、いずれも過大である。

(抗弁)

(一) 過失相殺の主張

本件事故現場は、いわゆる変形交差点をなしており、東西の進入口には一たん停止の標識および停止線があるが、南北道路にはこのような規制がなされていない場所である。訴外浦は南北道路を北進し右交差点にさしかかったのであるが、訴外浦は右進路を優先通行しうる関係にあり、必ず徐行しなければならない義務があったとまではいえない関係にあったのである。そして、訴外浦は、交差点内において訴外利治の姿を認めるや急制動措置をとり減速して進行中同訴外人の原付自転車に衝突するに至ったものであり、過失と目されるべきものは存しない。ところが、訴外利治は、原付自転車に乗車して東方より右交差点に進入するに際し、右停止標識を無視し、停止線で一たん停止することなく、時速約二五キロメートルの速度のまま進入し、しかも右自転車に四本の長い棒ブラシを座席下に交差して積み込み安全な運転操作ができない状態でありながら、道路中央部附近を漫然進行したため本件事故を招来するに至ったものである。したがって、訴外人に一たん停止義務違反、道路左側に寄って進行すべき義務違反および左方不注視等の重大な過失があったこと明らかである。のみならず、訴外人は、事故当時原付自転車を運転するに際し、ヘルメットを着用していなかったため、事故の結果を拡大させるに至ったもので、この点の過失も存在するものである。

以上のとおり、訴外浦には本件事故発生につき過失は存しないのであるが、仮りに何らかの過失があるとしても、前記のとおり訴外利治の過失は重大であるから、損害額の算定に当り相殺されるべきである。

(二) 税額控除の主張

訴外利治は、本件事故の前年である昭和四四年度において、年間所得一四三万八、五五八円を得ていたが、これに対し源泉徴収税七万三、五〇〇円、社会保険料五万八、三五八円および生命保険料三万七、五〇〇円を天引きされていたのであるから、同訴外人の逸失利益算定に際しては、右年収額より右源泉徴収税等合計一六万九、三五八円を控除すべきである。

(三) 弁済等

原告らは、本件事故による損害につき、次のとおり支払を受け、右損害の填補に充てている。

1、被告の直接支払分

(イ) 応急手当費、診療費 金二一万七、〇八二円

(ロ) 交通費        金一万五、四九〇円

(ハ) 葬儀費       金二三万九、一四〇円

合計金四七万一、七一二円

2、自賠責保険金よりの支払分

原告らは、自賠責保険の被害者請求により保険金四七四万八、三七〇円を受領している。

(四) 遺族年金額控除の主張

1、原告タケコは、訴外利治の死亡により、昭和四五年一〇月三〇日以降、地方公務員等共済組合法第九三条の遺族年金として、年額金三二万八、九七三円を終生受給することになった。それ故訴外人が死亡当時六三才であったとすれば同年令の男子の平均余命は一三・一五年であるから、訴外人の死亡時から平均余命を終るまでの間一三・一五年間の年金額、すなわち右年金額三二万八、九七三円に対し一三・一五年のホフマン係数九・九〇九を乗じて得られる現価金三二五万九、七九三円は、原告の本件損害賠償債権(主として逸失利益に関するもの)よりこれを控除すべきである。

すなわち、原告ら主張の如き給料喪失による損害賠償債権と遺族年金受給権とは、その発生時における原因および権利主体において異なるものがあるけれども、元来給料と遺族年金とは同時に併存する関係にはなく、また両債権はともに損害填補の目的を有するものであり、相続により実質的に同一人に帰属することとなることを考慮すれば、前記のように遺族年金を控除するのが衡平の原則に合致するというべきだからである。

2、なお、原告タケコは、前記のとおり、訴外利治の死亡により、年額三二万八、九七三円の遺族年金を受領してきたのであるが、その額は本件事故後判決言渡時点までの二年間に、少くとも合計金六五万七、九四六円となるが、地方公務員等共済組合法第五〇条第一項によれば、右受領額の限度において原告タケコの損害賠償請求権は既に和歌山市職員共済組合に一部移転している。したがって、右範囲においては同原告の被告に対する損害賠償請求権は存しないこととなるのである。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、事故の発生

訴外窪田利治が、請求原因第一項で原告らが主張するような衝突事故(ただし、事故の具体的経過および受傷内容の点を除く。)の発生により死亡した事実は、当事者間に争いがない。

そして、≪証拠省略≫によると、訴外人は右衝突事故により頭蓋内出血、脳底骨折兼鎖骨骨折、肋骨骨折、胸部打撲、肺損傷等の傷害を受け、意識不明、血液多量出血、呼吸・脈搏不調、心臓衰弱、呼吸麻痺の経過を辿り、遂に同月二九日午前一〇時一六分頃同市屋形町三丁目六番地中村整形外科病院において死亡するに至ったものであることが認められる。

二、事故の具体的経過と過失

(一)  ≪証拠省略≫を綜合すると、

1、本件事故現場は、巾員約六・八〇メートルの東西に走る市道と巾員約六・二五メートルの南北に通ずる市道とが直交する、信号機等による交通整理の行なわれていない交差点である。

また、附近は人家が建ち並んでいて、南北道路からする交差点の東西方向、東西道路から見る交差点の南北方向いずれも見通しの困難な場所である。

そして、南北道路は東西の市道に比し相当に交通量が多く、かようなことからして、交差点の東西の入口には、ともに一時停止の標識が設置され、また南方よりの入口には横断歩道が設けられている。

2、訴外浦は、本件乗用車を運転し、時速約五〇キロメートルで前記交差点を南方から北へ向け直進通過しようとして、交差点にさしかかったのであるが、交差点は前記のような状況にあったから、運転者としては、交差点の手前で徐行し左右の交通の安全を確認したうえで交差点の通過を行なうべき注意義務があったにもかかわらず、訴外浦は右義務を怠り、徐行することなく漫然同一速度のまま交差点へ直進、これを通過しようとしたため、後記のように東西道路を原付自転車を運転して東方より交差点へ進入してきた訴外利治に気付くのがおくれ、約一〇メートルに接近してはじめて右前方に訴外人を発見し、急制動の措置をとったが間に合わず本件乗用車の右側前部を自転車に激突させこれを転倒させた。

3、一方、訴外利治は、原付自転車を運転し、東西道路を東方から前記交差点へ進入し、これを通過しようとしたのであるが、交差点は前記のような状況にあったから、車輛の運転者としては、一時停止の標識に従い、交差点の手前で一時停止をし左右の交通の安全を確認してから交差点の通過を行なうべき注意義務があった。にもかかわらず訴外人は右義務を怠り、一時停止することなく、漫然同一速度のまま交差点へ進入したため、前記のように南北道路を時速約五〇キロメートルで北進してきた訴外浦運転の本件乗用車に気付かなかった(かように推認される。)ため、前記のように本件乗用車に衝突されるに至った。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

しかして、右事実によれば、本件衝突事故は訴外浦の重大な過失に基因して惹起されたものであることは明らかというべきであるが、一方訴外利治にも亦過失があり本件事故を招来する一因となったものといわねばならない。

そして、訴外浦と訴外利治の過失割合を案ずるに、前記認定の諸事情を綜合して検討すると、訴外浦を六、とするとき訴外利治は四、の割合と認めるのが相当である。

(二)  被告は、訴外利治は、本件事故の際、原付自転車に四本の長い棒ブラシを座席に交差して積み込み安全な運転操作ができない状態であったと主張するので、案ずるに、≪証拠省略≫によると、訴外利治は、事故当日大浦ポンプ所より真砂町浄水場へ、デッキブラシ五本と乾電池六個とを受取りに来たものであるが、帰路は、デッキブラシを原付自転車の脇に車に沿ってくくりつけ電池は後部荷台に積んで運転に当っていたことが認められるけれども、それが安全な運転操作ができない状況であったとか、その他本件事故を惹起する要因となったと認めるに足る証拠はない。また、被告は、訴外利治は、事故当時原付自転車を運転するに当りヘルメットを着用しないで乗車していたため事故の結果を拡大させるに至ったもので、この点の過失がある旨主張するので案ずるに、訴外人が事故当時ヘルメットを着用しないで原付自転車の運転に当っていたことは推認できるところであるけれども、特にそのことが本件事故の結果を拡大するに至った原因であると認めるに足りる証拠はない。

三、責任

被告が旅客運送を業とする会社であり、本件乗用車を所有しこれを右営業のため運行の用に供していたものであること、そして被告は訴外浦を従業員として雇傭していたものであるところ、本件事故は訴外浦が被告の右業務の遂行過程において惹起したものであることは、当事者間に争いがない。

そうすると、被告は、自賠法第三条の運行供用者として、また民法第七一五条の使用者として、本件事故により生じた損害を賠償すべき責任があるといわねばならない。

四、損害

(一)  訴外利治につき生じた損害(逸失利益)

1、≪証拠省略≫を綜合すると、

(イ) 訴外利治は、明治四〇年一月二六日生れの男子であるが、本件事故当時まで三五年間にわたり地方公務員として和歌山市役所に勤務し、事故当時は同市水道局浄水課に配置され稼働していたものであること。

(ロ) 訴外人の死亡当時の右浄水課における勤務内容は、専ら同市大浦浄水場のポンプ運転と貯水池の清掃・整備であり、昼間勤務のみならず夜間勤務をすることも度度あったこと。

(ハ) 同市水道局における勤務体制については、定年制は存在しないけれども、一応六〇才となれば退職勧奨がなされるのが通例ではあるが、六〇才を過ぎてもなお健康が許せば、七〇才近くまで勤務を続ける事例も多く存したこと。

(ニ) 訴外人は、本件事故当時、妻である原告タケコや三女の原告民子とともに借地上の自己所有の家屋で生活していたのであるが、酒は殆んどたしなまず、煙草も余り喫しない方で、病気も殆んどしたこともなく、極めて健康・頑健であったこと。

(ホ) 訴外人は、本件事故前一年間(昭和四四年一一月から昭和四五年一〇月までの間)に、和歌山市から給与および賞与として合計金一五三万四、四六六円の支給を受けていたものであるが、訴外人が本件事故に遭わず引続き勤務すれば、定期昇給やベースアップが見込まれ、右金額以上の給与等の支給を受けることが期待される状況であったこと。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

しかして、右認定の事実よりすれば、訴外利治は、死亡当時六三才であったから、厚生省大臣官房統計調査部編「第一二回生命表」に徴すると、なお平均余命一三・一五年を残していたことが明らかである。前叙のような訴外人の事故当時における職種・勤務内容・高齢者の勤続事例・訴外人自身の生活態度・健康状態等に徴すると、訴外人は右余命期間内においてなお七〇才近くまで六・五年間は稼働可能であったものと推認される。ところで、訴外人の前叙のような生活状況から推すと、同人の事故当時における生活費は、原告ら主張のように、一ヶ月二万五、〇〇〇円、年間三〇万円程度と見積るのが相当である。そうすると、訴外人の年間純収入は、右生活費を控除した金一二三万四、四六六円と認めるのが相当である。

そこで、右稼働可能期間における得べかりし利益につきホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して現価を算出するに、稼働期間六・五年に対応するホフマン係数は五、八七四であるから、これを右年間純収入額に乗ずると、金七二五万一、二五三円(円未満切捨て、以下同様)となる。

ところが、訴外人には前叙のような過失があるので、これを斟酌すると、訴外人は、右逸失利益に関する損害賠償債権として金四三五万〇、七五一円を取得したものと認めるべきである。

2、ところで、被告は、得べかりし利益の喪失による損害額の算定に当っては、所得税などの税金額を控除すべきである旨主張する。

逸失利益の算定に当り所得税・事業税・市町村民税などの税額を控除すべきか否かについては、諸説があり実務の取扱も必ずしも統一された状況にあるといい難いことは、顕著な事実である。しかしながら、当裁判所は、この問題に関する最高裁判所第二小法廷の昭和四五年七月二四日判決の結論に従うのを相当と考える。

事故に基因して生じた喪失利益による損害の賠償は、事故なかりせば得られたであろう実質収益を回復させることを本旨とするものではあるけれども、逸失利益の実体は、人の稼働能力の喪失の評価であり、得べかりし収入額の算定は稼働能力の経済的価値の測定方法に過ぎないと見るべきであるから、本来課税とは別個に考察すべきものと考えられるのである。また、事故を原因とする損失としての逸失利益に対し、将来予想されるべき所得税等が如何なる関係に立つかを考えてみても、かような税金の負担を免れることが損失としての逸失利益に対しいわゆる利得と見るのは相当でない。もともと、被害者が稼働し所得を得た上で納税するのが事故のなかった場合の状態であるとするならば、加害者としては、被害者が現実に国などに対し幾何の納税義務を負わされるべきか否かとは無関係に、まず被害者が取得すべかりし収益相当額を被害者に賠償するべきものと解するのが相当である。

その他死者が生前支払っていた社会保険料等についても右のような逸失利益の算定に当ってこれを控除すべき関係にはないと考える。

被告のこの点に関する主張は、採用しない。

3、相続関係

原告タケコが訴外利治の妻として相続分三分の一、その余の原告ら四名がいずれも訴外人の子としてそれぞれ相続分六分の一の割合で訴外人の権利を承継したことは、当事者間に争いがない。

そうすると、原告タケコは、前記1、の訴外人の損害賠償債権のうち、その三分の一に当る金一四五万〇、二五〇円を、その余の原告らはそれぞれその六分の一に当る金七二万五、一二五円の各債権を相続により取得したものといわねばならない。

4、被告主張の抗弁 第四項に対する判断

原告タケコが訴外利治の死亡を原因として、和歌山市職員共済組合より地方公務員等共済組合法第九三条の遺族年金として、年額金三二万八、九七三円を給付する旨の決定を受けたこと、そして原告タケコにおいて、右給付決定に基づき、昭和四五年一〇月三〇日以降今日まで少くとも合計金六五万七、九四六円の年金を現実に受領ずみであることは、原告タケコの明らかに争わないところである。

ところで、地方公務員等共済組合法による遺族年金は、一定期間共済組合の組合員であった者が死亡した場合、同法の規定により、その遺族に対しなされる給付であるところ、死者の逸失利益の損害を発生せしめた不法行為を直接の原因として給付されるものではないから、両者は権利主体および発生原因を異にするものである。したがって、遺族年金は、死者の逸失利益の損害額を算定するに当り、いわゆる損益相殺の法理により控除するべき利得には該当しないと考えられる。また、同原告が主張するように、同法の共済組合の制度は、地方公務員の病気・負傷・退職・死亡等の場合に適切な給付を行い組合員本人および遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とするものであり、そして遺族年金は組合員が死亡した場合、組合員が共済組合に対し長年にわたり支払ってきた掛金に対する対価として遺族に対し支給される関係にあることも明らかである。

しかしながら、組合員が死亡当時主としてその収入によって生計を維持していた配偶者などの遺族が、死亡した組合員より逸失利益の損害賠償請求権を相続するときは、右請求は、遺族が組合員より従前受けていた扶養の根源である収入の喪失による損害の賠償を求めることに帰するから、その実質は遺族が組合員に対する扶養請求権の喪失による損害賠償を求めることと同じになる。そして、遺族年金が主として組合員の収入によって生計を維持してきた遺族の生活の安定を目的とするものであることからすると、両者は、いずれもその実質は組合員の死亡によって遺族に生じた同一・同質の損害の填補を目的とする機能を有するものと考えられる。

しかして、同法第五〇条第一項によると、共済組合が第三者の行為によって生じた給付事由に対し給付を行った場合には、給付価額の限度で受給権者が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得する旨規定されている。すなわち、賠償者の代位による権利移転がなされるのである。

これらの点を勘案するならば、少くとも遺族年金を受領した受給権者は、その受領した額だけ自らの相続した逸失利益の損害賠償請求権につきその減縮を来たすものと考えるべきである。(右年金のうち将来の受給分については、逸失利益から必ず控除すべしとまでは断じ難い。同法第五〇条第二項の措置に委ねてよいと考えられる。)そうすると、本件については、原告タケコが相続した逸失利益の損害賠償請求権は、受領ずみの前記年金額と対当額において減縮されるものといわねばならない。

そうすると、原告タケコの相続した逸失利益の損害賠償請求権の残は、金七九万二、三〇四円となる。

(二)  原告らにつき生じた損害

1、慰藉料

≪証拠省略≫によると、原告タケコは訴外利治の妻、原告泰雄は訴外人の長男、同慶子はその長女、同三千子はその二女、同民子はその三女であることが認められるところ、本件事故により原告タケコは最愛の夫を、その余の原告ら四名はいずれも最愛の父を失い、甚大な精神的苦痛を蒙ったであろうことは推測に難くないところである。

しかして、本件事故の態様・被告側および原告側双方の過失の程度・本件事故前後における原告らの生活状況その他本件顕出の証拠によって認められる諸般の事情を斟酌すると、原告らが訴外人の死によって蒙った精神的苦痛を慰藉するには、原告ら各自に対しそれぞれ金六〇万円を以ってするのが相当と認められる。

(三)  弁済等

1、≪証拠省略≫を綜合すると、被告が、原告らのために、訴外利治が本件事故により受けた前叙の傷害の応急手当の費用および診療費として金二一万七、〇八二円、訴外利治の葬儀費用として金二三万九、一四〇円および右葬儀の際の交通費として金一万五、四九〇円、合計金四七万一、七一二円をそれぞれ支払ったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

2、原告らが、本件事故による損害につき、自賠責保険より保険金四七四万八、三七〇円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。

3、ところで、原告らは、前記1、の応急手当費・診療費および葬儀に関する費用について、これを本訴における損害費目として請求していないので(弁論の全趣旨より明らかである。)、前記1、の直接支払分は本訴損害費目と充当関係を生じないものとみるべきであるが、原告側には前叙の過失があるので、これを斟酌するときは、その四割に当る金一八万八、六八五円だけは過払いとして本訴請求額の弁済に廻わしこれを充当すべきものとするのが相当である。

よって、右過払分および前記2、の自賠責保険金合計金四九三万七、〇五五円は、原告らが前叙(一)および(二)で取得した債権に対し、各自の債権額に按分してそれぞれ弁済充当されるべきものといわねばならない。

そうすると、原告タケコについては、前叙債権合計金一三九万二、三〇四円に対し弁済金一〇二万七、〇五五円が充当され、残は金三六万五、二四九円となり、その余の原告ら各自については、前叙の債権合計金一三二万五、一二五円に対し弁済金九七万七、四九九円が充当され、残は金三四万七、六二六円となる。

(四)  弁護士費用

原告らは、それぞれ被告に対し、前叙のような損害賠償債権を有するものであるところ、≪証拠省略≫によると、原告らは被告が右損害金を任意に支払はないので、弁護士三木一徳および同柴山正實に対し、本訴の提起と追行を委任し、原告泰雄において着手金として金四五万円を支払い、依頼の目的を達したあかつきには原告ら五名において謝金として請求額の一割弱を支払う旨約した事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

しかして、以上の事実のほか、本件事案の難易・訴訟追行の経過等の諸事情を斟酌すると、原告らが負担するに至った弁護士費用のうち、本件事故と相当因果関係にあり、被告に請求しうべき金額は、次のとおりと認めるのが相当である。

原告タケコにつき     金七万円

原告泰雄につき     金一〇万円

その余の原告ら各自につき 金五万円

(五)  原告らの取得した債権額

原告らが本件損害賠償債権として取得した債権額を総括すると次のとおりとなる。

原告タケコにつき     金四三万五、二四九円

原告泰雄につき      金四四万七、六二六円

その余の原告ら各自につき 金三九万七、六二六円

五、結語

以上のとおりとすれば、被告は原告タケコに対し損害賠償金の残四三万五、二四九円およびこれより弁護士費用を除いた内金三六万五、二四九円に対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四六年七月一一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、原告泰雄に対し損害賠償金の残四四万七、六二六円およびこれより弁護士費用を除いた内金三四万七、六二六円に対する同日から完済まで同じく年五分の割合による遅延損害金を、その余の原告ら各自に対しそれぞれ損害賠償金の残三九万七、六二六円およびこれより弁護士費用を除いた内金三四万七、六二六円に対する同日から完済まで同じく年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務があるというべく、原告らの本訴各請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条・第九二条・第九三条を仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 諸富吉嗣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例